現代音楽作曲家でお坊さんの見澤清縁上人に聞いてみた
こんにちは、善立寺副住職、こうじりゅうじ(小路竜嗣)です。
お坊さんがお坊さんに聞いてみるインタビュー「echo」
今回は群馬県富岡市にある永心寺副住職、見澤清縁(みさわせいえん)さんです。
見澤さんは国立音楽大学音楽文化デザイン学科創作専修(作曲)を主席で卒業されたのち、大正大学に編入し、浄土宗僧侶になられました。
その後はドイツへ音楽留学をされるという、一行では説明しきれない経歴の持ち主です。
そんな行動力溢れる見澤さん、実は自宅に引きこもっていた時期もあったり。。。
自分らしい道を見つけた見澤さんの半生を伺いました。
創建は前田利意が祖母である「明運院殿照誉永心大禅定尼」の菩提を弔う為に開いたもの。寺名もそれに由来する。
音楽をはじめたきっかけ
父と母の影響
善立寺こうじ(以下、こうじ)
よろしくお願いします。音楽を始めたきっかけはなんですか?
見澤清縁上人(以下、見澤)
永心寺住職である父が音楽好きで、母もピアノの先生でした。私もそんな両親の影響で幼少期からピアノを習っていました。
しかし、父の音楽教育がスパルタで、指導を受けるうちにピアノもクラシックも嫌いになっちゃいました。
クラシックに興味を持ったきっかけは銀河英雄伝説
こうじ ええ!そんなことが!ではその後、作曲を志すようになったきっかけはなんですか?
見澤 子供の頃、アニメの銀河英雄伝説(※1)の一挙放送を見たのがきっかけです。
銀河英雄伝説ってサウンドトラックが全部クラシックなんですよ。その中で戦闘シーンで流れていたドボルザークの交響曲9番「新世界」を聞いて、かっこいい!と思い、「クラシック良いかも」と思い直しました。
あと私、SF映画・ドラマが大好きで映画音楽作曲家のジョン・ウイリアムズ(※2)かっこいいなと思いまして。
だんだん演奏することより、音楽作ることに興味を持つようになりました。
こうじ まさかの銀河英雄伝説
受験失敗から引きこもりに
引きこもり生活
見澤 音楽を作りたい!と決心して、高校3年生のとき、東京藝術大学を受験しました。
でも、結果は不合格。。。
その後、勉強に対するモチベーションも生活のモチベーションも下がり、ついには家からも出られなくなりました。
最終的には、部屋に引きこもるようになってしまいました。
当時は全く外出はしないし、同居している両親とも顔を合わせたくないという、自分で言うのもなんですが、ひどい状況でした。
翌年も受験したのですが、また不合格で、結局1年半くらい引きこもっていましたね。
2浪目で国立音楽大学に合格することができ、なんとか、ひきこもり生活から抜け出すことができました。
現代音楽、そして仏教の出会い
最初は興味がなかった
見澤 実はいうと、国立音大に入学した当初は、現代音楽を作るつもりなかったんです。
現代音楽はこれまでやってきたクラシックの延長線として学んでいただけで、商業音楽に進むつもりでした。
でも、大学1年のサントリーサマーフェスティバルで、フランスの現代音楽作曲家レヴィナスの「呼び声」という曲を聞いて、
「なんだこの曲かっこいい!」と一目惚れし、現代音楽を志すようになりました。
評価への苦悩
こうじ 引きこもりから現代音楽という自分のやりたいことを見つけ、順風満帆の大学生活ですね。
見澤 それが、現代音楽の道に進むとまた別の悩みが生まれまして。。。
音楽って、その人の感性や好みによって好き嫌いが別れますよね。自分では自分の曲が良いと思っている。でも先生は違う人を高く評価する。他人の好みに合わせて評価をもらうべきか。それとも自分の好みを押し通すのか。
また、作曲家は私を含め、気が強いので、生徒という立場であっても、先生のおっしゃることに納得を本心ではしていないことがあるんですね。その折り合いがうまくいかないことがつらかったですね。
ひきこもりから抜け出したと思ったら、今度は人からの評価に悩み、
どこに行っても辛さから逃げ出せないことに気づきました。
ふと、仏教に出会う
見澤 そんなとき、子供の頃に読んだ手塚治虫のブッダなのか、寺にあった仏教本を読んだのか。
何を読んだのかも覚えていないんですが、
お釈迦様が説いた「四苦八苦」が浮かびました。
生きることはつらい。この世は苦しみばかりであること
一見、生きることに対し、ネガティブなんですが、
「そうか。お釈迦様がそう言うなら仕方ないな。私たちはみんな悩むし、みんな辛いし、それが当たり前なんだ」
と私は肩の荷が下りた感じがしました。
また、法然上人が説いた、私たちはみな凡夫であるという教えもすごく心に響いて。
くじけて、挫折して、もうこれ以上頑張れないよと思ったとき、
『頑張れ!負けるな!』ではなく、
『大丈夫、みんな無理なんだから。ほどほどにね』と言ってくれたのが仏教でした。
それからはほどほどに頑張ろうと思えるようになりましたね。
もしあのときお釈迦様の言葉を思い出さなかったら、作曲活動を辞めていたと思います。
この頃から音楽だけでなく、将来はお坊さんになる道もいいなと思うようになりました。
国立音大から大正大学に編入
国立音大から大正大学へ
見澤 2012年、国立音大を卒業後(※3)、大正大学3年に編入し仏教を学び、2014年12月に増上寺伝宗伝戒道場(※4)に入行しました。
こうじ 私が見澤さんとお会いしたのもこの伝宗伝戒道場でしたね。偶然同じ班(※5)になって、見澤さんが班長に立候補してくれましたよね。
初対面の人ばかりの中、パッと手を挙げられましたのが印象的でした。
※3 しかも音楽文化デザイン学科創作専修(作曲)を主席で!
※4 伝宗伝戒道場:毎年12月の3週間、総本山知恩院・大本山増上寺にて行われる修行。修行最後に勤める行で、これを満行した者のみが浄土宗の僧侶になれる。
※5 班:法要や掃除を共に行う男女混合8名ほどのグループ。年齢も20代~70代まで混合。
班長やったるで!
見澤 私、誰がやるか押し付け合ったり、沈黙が続いたり、時間がかかったりするのが大嫌いなので、もし誰も手を挙げないなら、私がやろうと決めてました。
こうじ 実はあのとき、すぐ立候補した見澤さんを見て、「この人かっこいいな」と思ってました。
見澤 ありがとうございます。作曲家なんて、みんな目立ちたがりなので、私は班長でも盲腸でも「ちょう」がつけばなんだってやりますよ!(笑)
お坊さんになって変わったこと
生活の中で変わったこと
こうじ 無事2014年の伝宗伝戒道場を終え、浄土宗僧侶になられたわけですが、僧侶になって変わったことってありますか?
見澤 何事も早めに行動するようにしましたね。
もともと曲を作るにしても、締切ギリギリの方がモチベーション上がるタイプだったのですが、時間をきっちり守るということを2年間の大学生活で学びました。
また、お坊さんの仕事って予定が立てにくいので、今日やれることは今日やるようにしてます。
特に現在は僧侶と音楽活動のダブルワークなので、できるだけ早め早めに仕上げるようになりましたね。
精神的に変わったこと
こうじ 精神的に変わったことは?
見澤 そうですね。私は「凡夫」と「末法」という考え方が好きなんです。
凡夫であり、末法であるって、ダブルでだめじゃないですか。
みんなだめなんだから、それなりに頑張ろうというのが好きです。
古代ギリシャのアリストテレスも「無知の知」という言葉を残していますが、自分が無知であることを自覚することの大切さに気づきました。
末法の世であり、凡夫な自分なんだから、ほどほどに頑張るようにしてます。
こうじ 大正大学卒業後はドイツに音楽留学されたんですよね?
ドイツ音楽留学
大正大学卒業式の前にドイツに行っちゃう
見澤 はい。ドイツのドレスデン音楽大学大学院に進学しました。
実は私、大正大学の卒業式、出席してないんです。大正大学在学中からドイツ語語学学校行っていて、着々と留学の準備をしていました。既に留学ビザも取っていて。
大正大学の卒業単位を取って、論文提出とテストが終わったら、卒業式には出ず、すぐドイツに行っちゃいました。
こうじ なんという行動力!
ドレスデン音楽大学:正式名称はドレスデン・カール・マリア・フォン・ウェーバー音楽大学。ドイツ国内外においても高い評価を得る名門音楽大学。
手続き不備で入学できず
見澤 それが早く行ったのに、大問題が発生したんです。
3月にドイツに行き、6月にドレスデン大学の入試を受ける予定でした。
が、大学に入試書類を送ったのに、大学は「届いていない」の一点張りで、結局、6月入試を受けられませんでした。
悔しくて
「とりあえず一度私の作品見てもらいたいんですが!!」
と大学に直談判したら、「そこまで言うならとりあえず一度授業に来なさい」と折れてくれて、授業に忍び込みました。
授業のあと、「次の授業も来ていいですか?」と聞いたら、OKしてくれて。
結果的に入学してないのに授業は受けさせてもらえるということになりました。
一緒に授業受けていた友達は私が未入学と知らず、後々になって「え?見澤さん入学してないの?!」とびっくりされました。
こうじ またしてもなんという行動力!そりゃびっくりされますわ!
ドイツの授業スタイル
こうじ 日本とドイツの授業で違うところはありましたか?
見澤 ドイツの大学は生徒がどんどん発言しますね。
先生から「このテーマについてどう思う?」と講義の根本的な事を聞かれることも多々ありました。
印象的だったのは、先生に
「授業を受ける」という表現を訂正されたことです。
講義では
by ○○(~○○先生によって)
作曲の授業では
with ○○(~○○先生と一緒に)
を使いなさいと言われました。
なぜ、作曲はwithなんですかと聞くと
「私たちも君たち生徒から学ぶことがあるから」と言われました。
こうじ なにそれかっこいい
見澤さんはドレスデン音楽大学留学中に第32回日本現代音楽協会作曲新人賞を受賞されました!記事リンク
ドイツでも剃髪を貫く
こうじ そういえば見澤さんは、ずっと剃髪を貫かれてますよね。
剃髪されない方も多い中で、剃髪を貫かれる理由はなんでしょうか?
見澤 住職の父も含め、幼い頃から見ていたお坊さん方がみなさん剃髪していたので、私も剃髪を選ぶことはごく自然なことでした。
実際、剃髪してみると、髪を切ったり、染めたり、巻いたりすることを考える必要もなくなり、色が落ちる心配も無く、欲望が一つ減った実感があります。
こうじ ドイツではその剃髪スタイルはどうでしたか?
見澤 ドイツではファッションで坊主頭にされる女性が結構いました。
私もファッションで坊主頭にしていると思われましたね。
が、坊主頭にも問題もあって。
私、顔立ちが男っぽいので、公衆トイレから出たときに、
同性から、え!男の人??!とびっくりされるということが多々ありまして(笑)
それからは意識的にスカートを履くようにしました(笑)
後編につづく
後編ではドイツにおける宗教観や仏教について。
そして、これからお寺でやりたいことについてお伺いします。
↓後編↓
行動力溢れる見澤さんがまさか引きこもっていたとは。今回お話を伺って初めて知りました。
今、自分の道を見つけ、とても晴れやかなお顔をされている見澤さんが印象的でした。
○浄土宗道法山永心寺
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